る老農夫である。私はこの人から「言海」のことを聞かれて一寸驚かされた。
「昔の恥を御話し申すんじゃないが、私も若い時には車夫をしてねえ、日に八両ずつなんて稼《かせ》いだことが有りましたよ。八両サ。それがねえ、もうぱっぱと湯水のように無くなって了う。どうして若い時の勢ですもの。私はこれで、どんなことでも人のすることは大概してみましたが、博奕《ばくち》と牢屋の味ばかしは知らない――ええこればかしは知らない」
こう隠居が笑っているところへ、黄な真綿帽子を冠った五十|恰好《かっこう》の男が地味な羽織を着て入って来た。
「定屋さんですよ」と辰さんが呼んだ。
地主は屋《うち》の内《なか》に入って炬燵に身を温めながら待っていた。私が屋外《そと》の庭の方へ出ようとすると、丁度水車小屋の方から娘が橋を渡って来て、そこに積み重ねた籾《もみ》の上へ桝《ます》を投げて行った。辰さんは年貢の仕度を始めた。五歳ばかりの小娘が来て、辰さんの袖《そで》に取縋《とりすが》った。辰さんが父親らしい情の籠《こも》った口調で慰めると、娘は頭から肩まで顫《ふる》わせて、泣く度に言うこともよく解らない位だった。
「今に母さん
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