う牝牛が今五十頭ばかり居る。種牛は一頭置いてある。牧夫が勤めの主なるものは、牛の繁殖を監督することであった。礼を言って、私達はこの番人に別れた。
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   その二


     青麦の熟する時

 学校の小使は面白い男で、私に種々《いろいろ》な話をしてくれる。この男は小使のかたわら、自分の家では小作を作っている。それは主に年老いた父と、弟とがやっている。純小作人の家族だ。学校の日課が終って、小使が教室々々の掃除をする頃には、頬《ほお》の紅い彼の妻が子供を背負《おぶ》ってやって来て、夫の手伝いをすることもある。学校の教師仲間の家でも、いくらか畠のあるところへは、この男が行って野菜の手入をして遣《や》る。校長の家では毎年|可成《かなり》な農家ほどに野菜を作った。燕麦《からすむぎ》なども作った。休みの時間に成ると、私はこの小使をつかまえては、耕作の話を聞いてみる。
 私達の教員室は旧士族の屋敷跡に近くて、松林を隔てて深い谷底を流れる千曲川《ちくまがわ》の音を聞くことが出来る。その部屋はある教室の階上にあたって、一方に幹事室、一方に校長室と接して、二階の一|隅《ぐう》を占めている
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