の為に好いです」とか「今は木が低いから、夏はいきれていけません」とか、種々《いろいろ》な事を言って聞かせた。
ここへ来て見ると、人と牛との生涯が殆《ほと》んど混り合っているかのようである。この老爺は、牛が塩を嘗《な》めて清水を飲みさえすれば、病も癒《い》えるということまで知悉《しりつく》していた。月経期の牝牛《めうし》の鳴声まで聞き分ける耳を持っていた。
アケビの花の紫色に咲いている谷を越して、復た私達は牛の群の見えるところへ出た。牧夫が近づいて塩を与えると、黒い小牛が先ず耳を振りながらやって来た。つづいて、額の広い、目付の愛らしい赤牛や、首の長い斑《ぶち》なぞがぞろぞろやって来て、「御馳走《ごちそう》」と言わないばかりに頭を振ったり尻尾《しっぽ》を振ったりしながら、塩の方へ近づいた。牧夫は私達に、牛もここへ来たばかりには、家を懐《なつか》しがるが、二日も経てば慣れて、強い牛は強い牛と集り、弱い牛は弱い牛と組を立てるなどと話した。向うの傾斜の方には、臥《ね》たり起きたりして遊んでいる牛の群も見える……
この牧場では月々五十銭ずつで諸方《ほうぼう》の持主から牝牛を預っている。そうい
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