へ降りて来た汽車、それに私が乗ったのは一月の十三日だ。この汽車が通って来た碓氷《うすい》の隧道《トンネル》には――一寸《ちょっと》あの峠の関門とも言うべきところに――巨大な氷柱の群立するさまを想像してみたまえ。それから寒帯の地方と気候を同じくするという軽井沢附近の落葉松林《からまつばやし》に俗に「ナゴ」と称えるものが氷の花のように附着するさまを想像してみたまえ。
 汽車が小諸を離れる時、プラットフォムの上に立つ駅夫等の呼吸《いき》も白く見えた。窓の硝子越《ガラスごし》に眺《なが》めると田、野菜畠、桑畠、皆な雪に掩《おお》われて、谷の下の方を暗い藍色《あいいろ》な千曲川の水が流れて行った。村落のあるところには人家の屋根も白く、土壁は暗く、肥桶《こやしおけ》をかついで麦畠の方へ通う農夫等も寒そうであった。田中の駅を通り過ぎる頃、浅間、黒斑《くろふ》、烏帽子《えぼし》等の一帯の山脈の方を望むと空は一面に灰色で、連続した山々に接した部分だけ朦朧《もうろう》と白く見えた。Unseen Whiteness――そんな言葉より外にあの深い空を形容してみようが無かった。窓側に遠く近く見渡される麦畠のサク
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