話を聞きながら、間もなく私は亭主と連立って屠牛場の門を出た、枯々な桑畠の間には、喜び騒ぐ犬の声々と共に、牛豚の肉を満載した車の音が高く響き渡った。
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   その十


     千曲川に沿うて

 これまで私が君に話したことで、君は浅間山脈と蓼科《たでしな》山脈との間に展開する大きな深い谷の光景《ありさま》を略《ほぼ》想像することが出来たろうと思う。私は君の心を浅間の山腹へ連れて行って、あそこから見渡した千曲川の話もしたし、ずっと上流の方へ誘って行ってそこにある山々、村々の話もした。暇さえあれば私は千曲川沿岸の地方を探るのを楽みとした。私は岩村田から香坂《こうさか》へ抜け、内山峠を越して上州の方へも下りて見たし、依田川《よだがわ》という千曲川の支流に随《つ》いて和田峠から諏訪《すわ》の方へも出て見たし、霊泉寺の温泉から梅木《うめのき》峠を旅して別所温泉の方へ廻ったこともある。田沢温泉のことは君にも話した。君は私と共に、千曲川の上流にある主なる部分を見たというものだ。私は更に下流の方へ――越後に近い方まで君の心を誘って行こう。
 軽井沢の方角から雪の高原を越して次第に小諸
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