断せられた。屠手の頭も血にまみれた両手を洗って腰の煙草入を取出し、一服やりながら皆なの働くさまを眺めた。
「このダンベラは、どうかして其方《そっち》へ片付けろ」
と獣医は屠手に言付けて、大きな風呂敷《ふろしき》包を見るような臓腑を片付けさしたが、その辺の柱の下には赤い牝牛の尻尾、皮、小さな二つの角なぞが残っていた。
肉屋の若い者はガラガラと箱車を庭の内へ引き込んだ。箱にはアンペラを敷いて、牛の骨を投入れた。
「十貫六百――八貫二百――」
なぞと読み上げる声が屠場の奥に起った。屠手は二人掛りで大きな秤《はかり》を釣して、南部牛や雑種や赤い牝牛の肉の目方を計る。肉屋の亭主は手帳を取出し一々それを鉛筆で書留めた。
肉と膏《あぶら》と生血のにおいは屠場に満ち満ちていた。板の間の片隅には手桶《ておけ》に足を差入れて、牛の血を洗い落している人々もある。牝牛の全部は早や車に積まれて門の外へ運び去られた。
「三貫八百――」
それは最後に計った豚の片股を読み上げる声だった。肉屋の亭主に言わせると、牛は殆んど廃《すた》る部分が無い。頭蓋骨は肥料に売る。臓腑と角とは屠手の利《もうけ》に成る。こんな
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