、笑い眺めていた。
巡査が入って来た。子供達はおずおずと屠場を覗《のぞ》いていた。犬もボンヤリ眺めていた。巡査は逢う人毎に「御目出度《おめでと》う」と言ったまま、火のある小屋の方へ行った。このごちゃごちゃした屠場の中を獣医は見て廻って、「オイ正月に成ったら御装束をもっと奇麗《きれい》にしよや」
古びた白の被服《うわっぱり》を着けた屠手は獣医の方を見た。
「ハイ」
「醤油で煮染《にし》めたような物じゃ困るナ」
南部牛は既に四つの大きな肉の塊に成って、その一つズツの股《もも》が屠場の奥の方に釣された。屠手の頭はブリキの箱を持って来て、大きな丸い黒印をベタベタと牛の股に捺《お》して歩いた。
不思議にも、屠られた牛の傷《いた》ましい姿は、次第に見慣れた「牛肉」という感じに変って行った。豚も最早|一時《いっとき》前まで鳴き騒いだ豚の形体《かたち》はなくて、紅味のある豚肉《とんにく》に成って行った。南部牛の頭蓋骨《ずがいこつ》は赤い血に染みたままで、片隅に投出《ほうりだ》してあったが、屠手が海綿でその血を洗い落した。肉と別々にされた骨の主なる部分は、薪でも切るように、例の大鉞で四つほどに切
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