のうちに、ある屠手の出刃が南部牛の白い腹部のあたりに加えられた。卵色の膜に包まれた臓腑《ぞうふ》がべろべろと溢《あふ》れ出た。屠手の中には牛の爪先を関節のところから切り放して、土間へ投出《ほうりだ》すのもあり、胴の中程へ出刃を入れて肉を裂くものもあった。牛の体からは膏《あぶら》が流れて、それが血のにおいに混って、屠場に満ちた。

     屠牛の四

 私は赤い牝牛が「引割《ひきわり》」という方法に掛けられるのを見た。それは鋸《のこぎり》で腰骨を切開いて、骨と骨の間に横木を入れ、後部《うしろ》の脚に綱を繋いで逆さに滑車で釣《つる》し上げるのだ。屠手は三人掛りでその綱を引いた。
「そら、巻くぜ」
「ああまだ尻尾を切らなくちゃ」
 屠手の頭《かしら》は手ずからその尻尾を切り放った。
「さあー車々」と言うものもあれば、「ホラ、よいせ」と掛声するものもあって、牝牛の体は柱と柱の間に高く逆さに掛った。脊髄《あばら》の中央から真二つにそれを鋸で引割るのだ。ザクザクと、まるで氷でも引くように。
「どうも切れなくて不可《いけない》」
「鋸が切れないのか、手が切れないのか」
 と頭は頭らしいことを言って
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