始めた。また一人は、例の大鉞を振って、牛の頭を二つ三つ打つうちに、白い尖った角がポロリと板の間へ落ちた。この南部牛の黒い毛皮から、白い脂肪に包まれた中身が顕《あら》われて来たのは、間もなくであった。
赤い牝牛が屠場へ引かれて来た。
屠牛の三
赤い牝牛に続いて、黒い雑種の牡も、型の如くに瞬《またた》く間に倒された。広い屠場には三頭の牛の体が横たわった。ふと板塀の外に豚の鳴き騒ぐ声が起った。庭へ出て見ると、白い、肥った、脚の短い豚が死物狂いに成って、哀《かな》しく可笑《おか》しげな声を揚げながら、庭中逃げ廻っていた。子供まで集って来た。追うものもあれば、逃げるものもあった。肉屋の亭主が手早く細引を投げ掛けると、数人その上に馬乗りに乗って脚を締めた。豚はそのまま屠場へ引摺《ひきず》られて行った。
「牛は宜《よ》う御座んすが、豚は喧《やかま》しくって不可《いけ》ません。危いことなぞは有りませんが、騒ぐもんですから――」
こういう肉屋の亭主に随いて、復た私は屠場へ入って見た。豚は五人掛りで押えられながらも、鼻を動かしたり、哀しげに呻《うな》って鳴いたりした。牛の場合とは違って
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