を保てない姿勢に成って、重い体躯《からだ》を横倒しに板の間の上に倒れた。その前額のあたりを目がけて、例の大鉞《おおまさかり》の鋭い尖った鉄管を骨も砕けよとばかりに打ち込むものがあった。牛は目を廻し、足をバタバタさせて、鼻息も白く、幽《かす》かな呻《うめ》き声を残して置いて気息《いき》も絶えんとした。
 この南部牛のまだ気息の残ったのを取繞《とりま》いて、屠手のあるものは尻尾を引き、あるものは細引を引張り、あるものは出刃でもって咽喉のあたりを切った。そのうちに多勢して、倒れた牛の上に乗って、茶色な腹の辺《あたり》と言わず、背と言わず、とんとん踏みつけると、赤黒い血が切られた咽喉のところから流れ出した。砕けた前額の骨の間へは棒を深く差込んで抉《えぐ》り廻すものもあった。気息のあるうちは、牛は身を悶《もだ》えて、呻《うめ》いたり、足をヒクヒクさせたりして苦んだが、血が流れ出した頃には全く気息も絶えた。
 黒い大きな牛の倒れた姿が――前後の脚は一本ずつ屠場の柱にくくりつけられたままで、私達の眼前《めのまえ》に横たわっていた。屠手の一人はその茶色の腹部の皮を縦に裂いて、見る間に脚の皮を剥《む》き
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