った。そこにある測候所を見たいと思ったのがこの小さな旅の目的の一つであった。私はそれも果した。
 雪国のクリスマス――雪国の測候所――と言っただけでも、すでに何物《なに》か君の想像を動かすものがあるであろう。しかし私はその話を君にする前に、いかにこの国が野も山も雪のために埋もれて行ったかを話したいと思う。
 毎年十一月の二十日前後には初雪を見る。ある朝私は小諸の住居《すまい》で眼が覚めると、思いがけない大雪が来ていた。塩のように細かい雪の降り積《つもる》のが、こういう土地の特色だ。あまりに周囲《あたり》の光景が白々としていた為か、私の眼にはいくらか青みを帯びて見える位だった。朝通いの人達が、下駄の歯につく雪になやみながら往来を辿《たど》るさまは、あたかも暗夜を行く人に異ならない。赤い毛布《ケット》で頭を包んだ草鞋穿《わらじばき》の小学生徒の群、町家の軒下にションボリと佇立《たたず》む鶏、それから停車場のほとりに貨物を満載した車の上にまで雪の積ったさまなぞを見ると、降った、降った、とそう思う。私は懐古園《かいこえん》の松に掛った雪が、時々|崩《くず》れ落ちる度《たび》に、濛々《もうもう》
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