ら布巾《ふきん》を取出して、茶碗も箸《はし》も自分で拭《ふ》いて納めた。
もう一度、私達は亭主と一緒に小屋を出て、朝日に光る山々を見上げ、見下した。亭主は望遠鏡まで取出して来て、あそこに見えるのが渋の沢、その手前の窪《くぼ》みが霊泉寺の沢、と一々指して見せた。八つが岳、蓼科《たでしな》の裾、御牧《みまき》が原、すべて一望の中にあった。
層を成して深い谷底の方へ落ちた断崖の間には、桔梗《ききょう》、山辺《やまべ》、横取《よこどり》、多計志《たけし》、八重原《やえばら》などの村々を数えることが出来る。白壁も遠く見える。千曲川も白く光って見える。
十二月に入ると山の雉《きじ》は畠へ下りて来る、どうかすると人の足許《あしもと》より飛び立つことがある。兎も雪の中の麦を喰《く》いに寄る。こうした話が私達にはめずらしい。
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その九
雪国のクリスマス
クリスマスの夜とその翌日を、私は長野の方で送った。長野測候所に技手を勤むる人から私は招きの手紙を受けて、未知の人々に逢うために、小諸を発《た》ち、汽車の窓から田中、上田、坂木などの駅々を通り過ぎて、長野まで行
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