》そうな匂《にお》いがする。こんな御土産なら毎日でも頂きたい」と亭主がW君に言った。
 細君は戸棚《とだな》から、膳《ぜん》、茶碗《ちゃわん》、塗箸《ぬりばし》などを取出し、飯は直に釜から盛って出した。
「どうしやすか、この炉辺の方がめずらしくて好うごわしょう」
 と細君に言われて、私達は焚火を眺め眺め、夕飯を始めた。その時は余程空腹を感じていた。
「さア、肉も煮えやした」と細君は給仕しながら款待顔《もてなしがお》に言った。
「お竹さん、勘定して下さい、沢山頂きますから」とW君も心易い調子で、「うまい、この葱はうまい。熱《あつ》、熱。フウフウ」
「どうも寒い時は肉に限りますナア」と亭主は一緒にやった。
 三杯ほど肉の汁をかえて、私も盛んな食欲を満たした。私達二人は帯をゆるめるやら、洋服のズボンをゆるめるやらした。
「さア、おかえなすって――山へ来て御飯《おまんま》がまずいなんて仰《おっしゃ》る方はありませんよ」
 と細君が言ううち、つとW君の前にあった茶碗を引きたくった。W君はあわてて、奪い返そうとするように手を延ばしたが、間に合わなかった。細君はまた一ぱい飯を盛って勧めた。
 W君は
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