それを円い一斗桝に入れた。地主は腰を曲《かが》めながら、トボというものでその桝の上を丁寧に撫《な》で量った。
「貴様入れろ、声掛けなくちゃ御年貢のようで無くて不可《いけねえ》」と辰さんは弟に言った。「さあ、どっしり入れろ」
「一わたりよ、二わたりよ」と弟の呼ぶ声が起った。
六つばかりの俵がそこに並んだ。一俵に六斗三升の籾が量り入れられた。辰さんは桟俵《さんだわら》を取って蓋《ふた》をしたが、やがて俵の上に倚凭《よりかか》って地主と押問答を始めた。地主は辰さんの言うことを聞いて、目を細め、無言で考えていた。気の利《き》いた弟は橋の向うへ走って行ったかと思ううちに、酒徳利を風呂敷包にして、頬を紅くし、すこし微笑《ほほえ》みながら戻って来た。
「御年貢ですか、御目出度《おめでと》う」と言って入って来たのは水車小屋の亭主だ。
私は、藁仕事なぞの仕掛けてある物置小屋の方に邪魔にならないように居て、桟俵なぞを尻に敷きながら、この光景を眺めた。辰さんは俵に足を掛けて藁縄《わらなわ》で三ところばかり縛っていた。弟も来てそれを手伝うと、乾いた縄は時々切れた。「俵を締るに縄が切れるようじゃ、まだ免状は覚束《おぼつか》ないなア」と水車小屋の亭主も笑って見ていた。
「一俵掛けて見やしょう」
「いくらありやす。出放題《でほうでえ》あるわ。十八貫八百――」
「これは魂消《たまげ》た」
「十八貫八百あれば、まあ好い籾です」
「俵《ひょう》にもある」
「そうです、俵にもありやすが、それは知れたもんです」
「おらがとこは十八貫あれば可いだ」
「なにしろ坊主九分混りという籾ですからなア」
人々の間にこんな話が交換《とりかわ》された。水車小屋の亭主は地主に向って、米価のことを話し合って、やがて下駄穿のまま籾の上を越して別れて行った。
「どうだいお前の体格じゃ二俵位は大丈夫担げる」
と地主に言われて辰さんの弟は一俵ずつ両手に抱え、顔を真紅にして持ち上げてみたりなぞして戯れた。
「まあ、お茶一つお上り」
と辰さんは地主に言って、私にもそれを勧めた。真綿帽子を脱いで屋《うち》の内に入る地主の後に随いて、私も凍えた身体を暖めに行った。「六俵の二斗五升取りですか」
こう辰さんが言ったのを隠居は炬燵にあたりながら聞咎《ききとが》めた。地主の前に酒徳利の包を解きながら、
「二斗五升ってことが有るもんか。四
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