を出た。
 私が案内されて行った会堂風の建物は、丁度坂に成った町の中途にあった。そこへ行くまでに私は雪の残った暗い町々を通った。時々私は技手と一緒に、凍った往来に足を留めて、後部《うしろ》の方に起る女連《おんなれん》の笑声を聞くこともあった。その高い楽しい笑声が、寒い冬の空気に響いた時は、一層雪国の祭の夜らしい思をさせた。後に成って私は、若い牧師夫人が二度ほど滑《すべ》って転《ころ》んだことを知った。
 赤々とした燈火は会堂の窓を泄《も》れていた。そこに集っていた多勢の子供と共に、私は田舎《いなか》らしいクリスマスの晩を送った。

     長野測候所

 翌朝、私は親切な技手に伴われて、長野測候所のある岡の上に登った。
 途次《みちみち》技手は私を顧みて、ある小説の中に、榛名《はるな》の朝の飛雲の赤色なるを記したところが有ったと記憶するが、飛雲は低い処を行くのだから、赤くなるということは奈何《いかが》などと話した。さすが専門家だけあって話すことがすべて精《くわ》しかった。
 測候所は建物としては小さいが、眺望《ちょうぼう》の好い位置にある。そこは東京の気象台へ宛てて日毎の報告を造る場所に過ぎないと言うけれども、万般の設備は始めての私にはめずらしく思われた。雲形や気温の表を製作しつつ日を送る人々の生活なぞも、私の心を引いた。
 やがて私は技手の後に随いて、狭い楼階《はしごだん》を昇り、観測台の上へ出た。朝の長野の町の一部がそこから見渡される。向うに連なる山の裾には、冬らしい靄《もや》が立ち罩《こ》めて、その間の空虚なところだけ後景が明かに透けて見えた。
 風力を測る器械の側で、技手は私に、暴風雨《あらし》の前の雲――例《たと》えば広濶《こうかつ》な海岸の地方で望まれるようなは、その全形をこの信濃《しなの》の地方で望み難いことを話してくれた。その理由としては、山が高くて、気圧の衝突から雲はちぎれちぎれに成るという説明をも加えてくれた。
「雲の多いのは冬ですが、しかし単調ですね。変化の多いと言ったら、矢張夏でしょう。夏は――雲の量に於いては――冬の次でしょうかナ。雲の妙味から言えば、私は春から夏へかけてだろうと思いますが……」
 こう技手は言って、それから私達の頭の上に群り集る幾層かの雲を眺めていたが、思い付いたように、
「あの雲は何と御覧ですか」
 と私に指して尋ねた
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