を思ふより
恋はあふれて濁《にご》るとも
君に涙をかけましを

人妻《ひとづま》恋ふる悲しさを
君がなさけに知りもせば
せめてはわれを罪人《つみびと》と
呼びたまふこそうれしけれ

あやめもしらぬ憂《う》しや身は
くるしきこひの牢獄《ひとや》より
罪の鞭責《しもと》をのがれいで
こひて死なんと思ふなり

誰《たれ》かは花をたづねざる
誰かは色彩《いろ》に迷はざる
誰かは前にさける見て
花を摘《つ》まんと思はざる

恋の花にも戯《たはむ》るゝ
嫉妬《ねたみ》の蝶《ちょう》の身ぞつらき
二つの羽《はね》もをれ/\て
翼《つばさ》の色はあせにけり

人の命を春の夜の
夢といふこそうれしけれ
夢よりもいや/\深き
われに思ひのあるものを

梅の花さくころほひは
蓮《はす》さかばやと思ひわび
蓮の花さくころほひは
萩《はぎ》さかばやと思ふかな

待つまも早く秋は来《き》て
わが踏む道に萩さけど
濁《にご》りて待てる吾《わが》恋は
清き怨《うらみ》となりにけり

  望郷
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寺をのがれいでたる僧のうたひ
しそのうた
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いざさらば
これをこの世のわかれ
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