蹴るや左眼《さがん》の的《まと》それて
羽《はね》に血しほの夫鳥《つまどり》は
敵の右眼《うがん》をめざしつゝ
爪も折れよと蹴返しぬ

蹴られて落つるくれなゐの
血潮の花も地に染みて
二つの鶏《とり》の目もくるひ
たがひにひるむ風情なし

そこに声あり涙あり
争ひ狂ふ四つの羽《はね》
血潮《のり》に滑りし夫鳥《つまどり》の
あな仆《たふ》れけん声高し

一声長く悲鳴して
あとに仆るゝ夫鳥の
羽《はね》に血潮の朱《あけ》に染《そ》み
あたりにさける花|紅《あか》し

あゝあゝ熱き涙かな
あるに甲斐なき妻鳥は
せめて一声鳴けかしと
屍《かばね》に嘆くさまあはれ

なにとは知らぬかなしみの
いつか恐怖《おそれ》と変りきて
思ひ乱れて音《ね》をのみぞ
鳴くや妻鳥《めどり》の心なく

我を恋ふらし音《ね》にたてて
姿も色もなつかしき
花のかたちと思ひきや
かなしき敵とならんとは

花にもつるゝ蝶《ちょう》あるを
鳥に縁《えにし》のなからめや
おそろしきかな其の心
なつかしきかな其の情《なさけ》

紅《あけ》に染《そ》みたる草見れば
鳥の命のもろきかな
火よりも燃ゆる恋見れば
敵《てき》のこゝ
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