ろのうれしやな

見よ動きゆく大空の
照る日も雲に薄らぎて
花に色なく風吹けば
野はさびしくも変りけり

かなしこひしの夫鳥《つまどり》の
冷えまさりゆく其《その》姿
たよりと思ふ一ふしの
いづれ妻鳥《めどり》の身の末ぞ

恐怖《おそれ》を抱く母と子が
よりそふごとくかの敵に
なにとはなしに身をよする
妻鳥のこゝろあはれなれ

あないたましのながめかな
さきの楽しき花ちりて
空色暗く一彩毛《ひとはけ》の
雲にかなしき野のけしき

生きてかへらぬ鳥はいざ
夫《つま》か妻鳥《めどり》か燕子花《かきつばた》
いづれあやめを踏み分けて
野末を帰る二羽の鶏《とり》

  松島|瑞巌寺《ずいがんじ》に遊び葡萄《ぶどう》
  栗鼠《きねずみ》の木彫を観て

舟路《ふなぢ》も遠し瑞巌寺
冬逍遙《ふゆじょうよう》のこゝろなく
古き扉に身をよせて
飛騨《ひだ》の名匠《たくみ》の浮彫《うきぼり》の
葡萄のかげにきて見れば
菩提《ぼだい》の寺の冬の日に
刀《かたな》悲《かな》しみ鑿《のみ》愁《うれ》ふ
ほられて薄き葡萄葉の
影にかくるゝ栗鼠よ
姿ばかりは隠すとも
かくすよしなし鑿《のみ》の香《か》は
うしほに
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