は静和《しづか》なる
深く悲しき声きけば
あゝ幽遠《かすか》なる気息《ためいき》に
天のうれひを紫の
野末の花に吹き残す
世の名残こそはかなけれ

  鶏《にはとり》

花によりそふ鶏の
夫《つま》よ妻鳥《めどり》よ燕子花《かきつばた》
いづれあやめとわきがたく
さも似つかしき風情《ふぜい》あり

姿やさしき牝鶏《めんどり》の
かたちを恥づるこゝろして
花に隠るゝありさまに
品かはりたる夫鳥《つまどり》や

雄々しくたけき雄鶏《をんどり》の
とさかの色も艶《えん》にして
黄なる口觜《くちばし》脚蹴爪《あしけづめ》
尾はしだり尾のなが/\し

問ふても見まし誰《た》がために
よそほひありく夫鳥《つまどり》よ
妻《つま》守《も》るためのかざりにと
いひたげなるぞいぢらしき

画にこそかけれ花鳥《はなどり》の
それにも通ふ一つがひ
霜に侘寝《わびね》の朝ぼらけ
雨に入日の夕まぐれ

空に一つの明星の
闇行く水に動くとき
日を迎へんと鶏の
夜《よる》の使《つかひ》を音《ね》にぞ鳴く

露けき朝の明けて行く
空のながめを誰《たれ》か知る
燃ゆるがごとき紅《くれなゐ》の
雲のゆくへを誰《たれ》か知
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