天の兆《しるし》とうたがへり
総鳴《そうなき》に鳴く鶯《うぐひす》の
にほひいでたる声をあげ
さへづり狂ふ音《ね》をきけば
げにめづらしき春の歌
春を得知らぬ処女《をとめ》さへ
かのうぐひすのひとこゑに
枕の紙のしめりきて
人なつかしきおもひあり
まだ時ならぬ白百合の
籬《まがき》の陰にさける見て
九十九《つくも》の翁《おきな》うつし世の
こゝろの慾の夢を恋ひ
音《ね》をだにきかぬ雛鶴《ひなづる》の
軒《のき》の榎樹《えのき》に来て鳴けば
寝覚《ねざめ》の老嫗《おうな》後の世の
花の台《うてな》に泣きまどふ
空にかゝれる星のいろ
春さきかへる夏花《なつはな》や
是《これ》わざはひにあらずして
よしや兆《しるし》といへるあり
なにを酔ひ鳴く春鳥《はるどり》よ
なにを告げくる鶴の声
それ鳥の音《ね》に卜《うらな》ひて
よろこびありと祝ふあり
高き聖《ひじり》のこの村に
声をあげさせたまふらん
世を傾けむ麗人《よきひと》の
茂れる賤《しづ》の春草《はるぐさ》に
いでたまふかとのゝしれど
誰かしるらん新星《にひぼし》の
まことの北をさししめし
さみしき蘆《あし》の湖《みづうみ》の
沈める水に
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