はいつともわかぬ山里に
    尾花みだれて秋かぜぞふく
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しづかにきたる秋風の
西の海より吹き起り
舞ひたちさわぐ白雲《しらくも》の
飛びて行くへも見ゆるかな

暮影《ゆふかげ》高く秋は黄の
桐《きり》の梢《こずゑ》の琴の音《ね》に
そのおとなひを聞くときは
風のきたると知られけり

ゆふべ西風《にしかぜ》吹き落ちて
あさ秋の葉の窓に入り
あさ秋風の吹きよせて
ゆふべの鶉《うづら》巣に隠《かく》る

ふりさけ見れば青山《あをやま》も
色はもみぢに染めかへて
霜葉《しもば》をかへす秋風の
空《そら》の明鏡《かがみ》にあらはれぬ

清《すず》しいかなや西風の
まづ秋の葉を吹けるとき
さびしいかなや秋風の
かのもみぢ葉《ば》にきたるとき

道を伝ふる婆羅門《ばらもん》の
西に東に散るごとく
吹き漂蕩《ただよは》す秋風に
飄《ひるがへ》り行く木《こ》の葉《は》かな

朝羽《あさば》うちふる鷲鷹《わしたか》の
明闇《あけくれ》天《そら》をゆくごとく
いたくも吹ける秋風の
羽《はね》に声あり力あり

見ればかしこし西風の
山の木《こ》の葉をはらふとき
悲しいかなや秋風の
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