春はきぬ
  春はきぬ
うれひの芹《せり》の根を絶えて
氷れるなみだ今いづこ
つもれる雪の消えうせて
けふの若菜と萌《も》えよかし

   四 眠れる春よ

ねむれる春ようらわかき
かたちをかくすことなかれ
たれこめてのみけふの日を
なべてのひとのすぐすまに
さめての春のすがたこそ
また夢のまの風情《ふぜい》なれ

ねむげの春よさめよ春
さかしきひとのみざるまに
若紫の朝霞
かすみの袖《そで》をみにまとへ
はつねうれしきうぐひすの
鳥のしらべをうたへかし

ねむげの春よさめよ春
ふゆのこほりにむすぼれし
ふるきゆめぢをさめいでて
やなぎのいとのみだれがみ
うめのはなぐしさしそへて
びんのみだれをかきあげよ

ねむげの春よさめよ春
あゆめばたにの早《さ》わらびの
したもえいそぐ汝《な》があしを
かたくもあげよあゆめ春
たえなるはるのいきを吹き
こぞめの梅の香ににほへ

   五 うてや鼓

うてや鼓《つづみ》の春の音
雪にうもるゝ冬の日の
かなしき夢はとざされて
世は春の日とかはりけり

ひけばこぞめの春霞
かすみの幕をひきとぢて
花と花とをぬふ糸は
けさもえいでしあをやなぎ

霞の
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