へば紫の
小草《をぐさ》のまへに色みえて
足をあぐれば花鳥《はなとり》の
われに随《したが》ふ風情《ふぜい》あり
目にながむれば彩雲《あやぐも》の
まきてはひらく絵巻物《えまきもの》
手にとる酒は美酒《うまざけ》の
若き愁《うれひ》をたゝふめり
耳をたつれば歌神《うたがみ》の
きたりて玉《たま》の簫《ふえ》を吹き
口をひらけばうたびとの
一ふしわれはこひうたふ
あゝかくまでにあやしくも
熱きこゝろのわれなれど
われをし君のこひしたふ
その涙にはおよばじな
君がこゝろは
君がこゝろは蟋蟀《こほろぎ》の
風にさそはれ鳴くごとく
朝影《あさかげ》清《きよ》き花草《はなぐさ》に
惜《を》しき涙をそゝぐらむ
それかきならす玉琴《たまごと》の
一つの糸のさはりさへ
君がこゝろにかぎりなき
しらべとこそはきこゆめれ
あゝなどかくは触れやすき
君が優しき心もて
かくばかりなる吾《わが》こひに
触れたまはぬぞ恨《うら》みなる
傘《かさ》のうち
二人《ふたり》してさす一張《ひとはり》の
傘に姿をつゝむとも
情《なさけ》の雨のふりしきり
かわく間《ま》もなきたもとかな
顔と顔とを
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