の音《ね》を弾《ひ》きて
野末をかよふ人の子よ
声調《しらべ》ひく手も凍りはて
なに門《かど》づけの身の果《はて》ぞ
やさしや年もうら若く
まだ初恋のまじりなく
手に手をとりて行く人よ
なにを隠るゝその姿
野のさみしさに堪へかねて
霜と霜との枯草の
道なき道をふみわけて
きたれば寒し冬の海
朝は海辺《うみべ》の石の上《へ》に
こしうちかけてふるさとの
都のかたを望めども
おとなふものは濤《なみ》ばかり
暮はさみしき荒磯《あらいそ》の
潮《うしほ》を染めし砂に伏し
日の入るかたをながむれど
湧《わ》きくるものは涙のみ
さみしいかなや荒波の
岩に砕《くだ》けて散れるとき
かなしいかなや冬の日の
潮《うしほ》とともに帰るとき
誰《たれ》か波路を望み見て
そのふるさとを慕はざる
誰か潮の行くを見て
この人の世を惜《をし》まざる
暦《こよみ》もあらぬ荒磯の
砂路にひとりさまよへば
みぞれまじりの雨雲の
落ちて潮となりにけり
遠く湧きくる海の音
慣れてさみしき吾耳に
怪しやもるゝものの音《ね》は
まだうらわかき野路の鳥
嗚呼《ああ》めづらしのしらべぞと
声のゆくへをたづぬれば
緑
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