流るゝ水のたち帰り

悪《にくみ》をわれの吹くときは
散り行く花も止《とどま》りて

慾《よく》の思《おもひ》を吹くときは
心の闇《やみ》の響《ひびき》あり

うたへ浮世《うきよ》の一ふしは
笛の夢路のものぐるひ

くるしむなかれ吾《わが》友よ
しばしは笛の音《ね》に帰れ

落つる涙をぬぐひきて
静かにきゝね吾笛を

  おくめ

こひしきまゝに家を出《い》で
こゝの岸よりかの岸へ
越えましものと来て見れば
千鳥鳴くなり夕まぐれ

こひには親も捨てはてて
やむよしもなき胸の火や
鬢《びん》の毛を吹く河風よ
せめてあはれと思へかし

河波《かはなみ》暗く瀬を早み
流れて巌《いは》に砕《くだ》くるも
君を思へば絶間なき
恋の火炎《ほのほ》に乾《かわ》くべし

きのふの雨の小休《をやみ》なく
水嵩《みかさ》や高くまさるとも
よひ/\になくわがこひの
涙の滝におよばじな

しりたまはずやわがこひは
花鳥《はなとり》の絵にあらじかし
空鏡《かがみ》の印象《かたち》砂の文字
梢の風の音にあらじ

しりたまはずやわがこひは
雄々《をを》しき君の手に触れて
嗚呼《ああ》口紅《くちべに》をその口に

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