とも、とにもかくにも自分等の手で、各自《てんで》に鍬《くわ》を担《かつ》いで来て、この鉱泉の脈に掘当てたという自慢話などを高瀬にして聞かせた。
「正木さんなどは、まるで百姓のような服装《なり》をして、シャべルを担いでは遣《や》って来たものでサ……」
何ぞというと先生の話には、「正木さん、正木さん」が出た。先生は又、あの塾で一緒に仕事をしている大尉が土地から出た軍人だが、既に恩給を受ける身で、読みかつ耕すことに余生を送ろうとして、昔|懐《なつか》しい故郷の城址の側に退いた人であることを話した。
「正木さんでも、私でも――矢張《やはり》、この鉱泉の株主ということに成ってます」
と先生は流し場の水槽《みずぶね》のところへ出て、斑白《はんぱく》な髪を濡《ぬ》らしながら話した。
東京から来たばかりの高瀬には、見るもの、聞くもの、新しい印象を受けるという風であった。
二人は浴場を離れて復た崖の道を上った。その中途にある小屋へ声を掛けに寄ると、隠居さんは無慾な百姓の顔を出して、先生から預かっている鍵《かぎ》を渡した。
「高瀬さんに一つ、私の別荘を見て頂きましょう」
と言って先生は崖に倚《よ
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