岩石の間
島崎藤村

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)桑畠《くわばたけ》

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)鉱泉|側《わき》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、底本のページと行数)
(例)帰って行った。[#「。」は底本では「、」。227−17]
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 懐古園の城門に近く、桑畠《くわばたけ》の石垣の側で、桜井先生は正木大尉に逢った。二人は塾の方で毎朝合せている顔を合せた。
 大尉は塾の小使に雇ってある男を尋ね顔に、
「音《おと》はどうしましたろう」
「中棚の方でしょうよ」桜井先生が答えた。
 中棚とはそこから数町ほど離れた谷間《たにあい》で、新たに小さな鉱泉の見つかったところだ。
 浅間の麓《ふもと》に添うた傾斜の地勢は、あだかも人工で掘割られたように、小諸城址《こもろじょうし》の附近で幾つかの深い谷を成している。谷の一つの浅い部分は耕されて旧士族地を取囲《とりま》いているが、その桑畠や竹薮《たけやぶ》を背《うしろ》にしたところに桜井先生の住居《すまい》があった。先生はエナアゼチックな手を
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