振って、大尉と一緒に松林の多い谷間の方へ長大な体躯《からだ》を運んで行った。
谷々は緑葉に包まれていた。二人は高い崖《がけ》の下道に添うて、耕地のある岡の上へ出た。起伏する地の波はその辺で赤土まじりの崖に成って、更に河原続きの谷底の方へ落ちている。崖の中腹には、小使の音吉が弟を連れて来て、道をつくるやら石塊《いしころ》を片附けるやらしていた。音吉は根が百姓で、小使をするかたわら小作を作るほどの男だ。その弟も屈強な若い百姓だ。
兄弟の働いている側で先生方は町の人達にも逢った。人々の話は鉱泉の性質、新浴場の設計などで持切った。千曲川《ちくまがわ》への水泳の序《ついで》に、見に来る町の子供等もあった。中には塾の生徒も遊びに来ていて、先生方の方へ向って御辞儀した。生徒等が戯れに突落す石は、他の石にぶつかったり、土煙を立てたりして、ゴロゴロ崖下の方へ転がって行った。
堀起された岩の間を廻って、先生方はかわるがわる薄暗い穴の中を覗《のぞ》き込んだ。浮き揚った湯の花はあだかも陰気な苔《こけ》のように周囲《まわり》の岩に附着して、極く静かに動揺していた。
新浴場の位置は略《ほぼ》崖下の平地と定
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