巧みに発音して聞かせた。
「私も一つ、先生のお弟子入をしましょうかネ」と高瀬が言った。
「え、すこし御|遣《や》りなさらないか」
「今私が読んでる小説の中などには、時々仏蘭西語が出て来て困ります」
「ほんとに、御一緒に一つ遣ろうじゃありませんか」
 仏蘭西語の話をする時ほど、学士の眼は華やかに輝くことはなかった。
 やがて高瀬はこの家に学士を独り残して置いて、相生町の通りへ出た。彼が自分の家まで歩いて行く間には、幾人《いくたり》となく田舎風な挨拶をする人に行き逢った。長い鬚《ひげ》を生《はや》した人はそこにもここにも居た。

 休みの日が来た。
 高瀬が馬場裏の家を借りていることは、最早《もう》仮の住居とも言えないほど長くなった。彼は自分のものとして自由にその日を送ろうとした。
 南の障子へ行って見た。濡縁《ぬれえん》の外は落葉松《からまつ》の垣だ。風雪の為に、垣も大分|破損《いた》んだ。毎年聞える寂しい蛙の声が復た水車小屋の方からその障子のところへ伝わって来た。
 北の縁側へ出て見た。腐りかけた草屋根の軒に近く、毎年虫に食われて弱って行く林檎《りんご》の幹が高瀬の眼に映った。短い不恰
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