ばかり揃《そろ》っていて」と言いかけて、学士は思い出したように笑って、「まさか、子供に向って、そんなに食うな、三杯位にして控えて置けなんて、親の身としては言えませんからナ……」
包み隠しの無い話は高瀬を笑わせた。学士は更に、
「ホラ、勇の下に女の児が居ましょう。上田で生れた児です……真実《ほんと》に親の言うことなどは聞かない……苦しい時代に出来た児はああいうものかと思いますネ……ウッチャリ放しに育った児ですからネ……子などに関ってはおられなかったんです……しかし、考えて見ると、私の家内もよくやって来ましたよ。貧苦に堪《た》える力は家内の方が反って私より強い……」
しばらく石のような沈黙が続いた。そのうちに微《かす》かに酔が学士の顔に上った。学者らしい長い眉だけホンノリと紅い顔の中に際立《きわだ》って斑白《はんぱく》に見えるように成った。学士は楽しそうに両手や身体を動かして、胡坐《あぐら》にやったり、坐り直したりしながら、高瀬の方を見た。そして話の調子を変えて、
「そう言えば、仏蘭西の言葉というものは妙なところに洒落《しゃれ》を含んでますネ」
と言って、二三の連《つな》がった言葉を
前へ
次へ
全62ページ中45ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング