まで、高瀬は皆なと一緒に時を送った。学士はそこに好い隠れ家を見つけたという風で、愛蔵する鷹《たか》の羽の矢が白い的の方へ走る間、一切のことを忘れているようであった。
 大尉等を園内に残して置いて、学士と高瀬の二人は復た元来た道を城門の方へとった。
 途中で学士は思出したように、
「……私共の勇のやつが、あれで子供仲間じゃナカナカ相撲が取れるんですとサ。此頃《このあいだ》もネ、弓の弦《つる》を褒美《ほうび》に貰って来ましたがネ、相撲の方の名が可笑《おか》しいんですよ。何だって聞きましたら――岡の鹿」
 トボケて学士は舌を出して見せた。高瀬も子供のように笑出した。
「兄のやつも名前が有るんですよ。貴様は何とつけたと聞きましたら、父さんが弓が御好きだから、よく当るように、矢当りとつけましたとサ。矢当りサ。子供というものは真実《ほんとう》に可笑しなものですネ」
 こういう話を高瀬に聞かせながら帰って行くと、丁度城門のあたりで、学士は弓の仲間に行き逢った。旧士族の一人だ。この人は千曲川の谷の方から網を提げてスゴスゴと戻って来るところだった。
「この節は弓も御廃《おはい》しでサ」
 とその人は元気
前へ 次へ
全62ページ中39ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング