事室の方に籠って、暇さえあれば独りで手習をした。桜井先生は用にだけ来て、音吉が汲んで出す茶を飲んで、復た隣の自分の室の方へ行った。受持の時間が済めば、先生は頭巾《ずきん》のような隠士風の帽子を冠って、最早《もう》若樹と言えないほど鬱陶《うっとう》しく枝の込んだ庭の桜の下を自分の屋敷かさもなければ中棚の別荘の方へ帰って行った。
 子安も黙って了った。子安は町の医者の娘と結婚して、士族屋敷の方に持った新しいホームから通って来た。後から仲間入をした日下部――この教員はまた性来《もとから》黙っているような人だ。
 この教員室の空気の中で、広岡先生は由緒《いわれ》のありそうな古い彫のある銀煙管《ぎんぎせる》の音をポンポン響かせた。高瀬は癖のように肩を動《ゆす》って、甘そうに煙草を燻《くゆら》して、楼階《はしごだん》を降りては生徒を教えに行った。
 ある日、高瀬は受持の授業を終って、学士の教室の側を通った。学士も日課を済ましたところであったが、まだ机の前に立って何か生徒に説明していた。机の上には大理石の屑《くず》、塩酸の壜《びん》、コップなどが置いてあった。蝋燭《ろうそく》の火も燃えていた。学士は
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