饒舌《おしゃべり》にも勝《まさ》って彼を悦ばせた。彼はしばらくこの地方に足を留め、心易い先生方の中で働いて、もっともっと素朴な百姓の生活をよく知りたいと言った。谷の向うの谷、山の向うの山に彼の心は馳《は》せた。
それから二年ばかりの月日が過ぎた。約束の任期が満ちても高瀬は暇を貰《もら》って帰ろうとは言わなかった。「勉強するには、田舎の方が好い」そんなことを言って、反《かえ》って彼は腰を落着けた。
更に二年ほど過ぎた。塾では更に教室も建増したし、教員の手も増《ふや》した。日下部《くさかべ》といって塾のためには忠実な教員も出来たし、洋画家の泉も一週に一日か二日程ずつは小県《ちいさがた》の自宅の方から通って来てくれる。しかし以前のような賑《にぎや》かな笑い声は次第に減って行った。皆な黙って働くように成った。
教員室は以前の幹事室兼帯でも手狭なので、二階の角《すみ》にあった教室をあけて、そっちの方へ引越した。そこに大きな火鉢を置いた。鉄瓶《てつびん》の湯はいつでも沸いていた。正木大尉は舶来《はくらい》の刻煙草《きざみたばこ》を巻きに来ることもあるが、以前のようにはあまり話し込まない。幹
前へ
次へ
全62ページ中32ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング