て寒い凍え死ぬような一冬を始めてこの山の上で越した時分には風邪《かぜ》ばかり引いていた彼の身体にも、いくらかの抵抗する力が出来たことを悦《よろこ》んだ。ビッショリ汗をかきながら家へ戻って見ると、その年も畠に咲いた馬鈴薯の白い花がうなだれていた。雨に打たれる乾いた土の臭気《におい》は新しい書籍を並べた彼の勉強部屋までも入って来た。
七月に入って、広岡理学士は荒町裏の家の方で高瀬を待受けた。高瀬の住む町からもさ程離れていないところで、細い坂道を一つ上れば体操教師の家の鍛冶《かじ》屋の店頭《みせさき》へ出られる。高い白壁の蔵が並んだ石垣の下に接して、竹薮《たけやぶ》や水の流に取囲《とりま》かれた位置にある。田圃《たんぼ》に近いだけに、湿気深い。
「お早う」
と高瀬は声を掛けて、母屋《おもや》の横手から裏庭の方へ来た。
深い露の中で、学士は朝顔|鉢《ばち》の置並べてある棚の間をあちこちと歩いていた。丁度学士の奥さんは年長《うえ》のお嬢さんを相手にして開けひろげた勝手口で働いていたが、その時庭を廻って来た。
奥さんは性急《せっかち》な、しかし良家に育った人らしい調子で、
「宅じゃこの通り
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