石垣の上に試みたアカシヤの挿木《さしき》を高瀬に指して見せた。門の内には先生の好きな花も植えられた。
 別荘の入口には楼の名を彫った額も掛った。明るい深い緑葉の反射は千曲川の見える座敷に満ちて、そこに集った湯上りの連中の顔にまで映った。一年に二度ずつ黄色くなる欄《てすり》の外の眺めは緑に調和して画のように見えた。先生は茶を入れて皆なを款待《もてな》しながら、青田の時分に聞える非常に沢山な蛙の声、夕方に見える対岸の村落の灯の色などを語り聞かせた。
 間もなく三人は先生一人をこの隠れ家に残して置いて、町の方へ帰って行った。[#「。」は底本では「、」。227−17]学士がユックリユックリ歩くので他の二人は時々足を停めて待合わせては復たサッサと歩いた。
「しかし、女でも何でも働くところですネ」と子安は別れ際《ぎわ》に高瀬に言った。
 高瀬も佇立《たちどま》って、「畢竟《つまり》、よく働くから、それでこう女の気象が勇健《つよ》いんでしょう」
「そうです。働くことはよく働きますナ……それに非常な質素なところだ……ですけれど、高瀬さん、チアムネスというものは全くこの辺の娘に欠けてますネ」
 子安は心
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