もひき》も穿いていない。それに素足だ。柵《さく》の外を行く人はクスクス笑って通った。とは言え高瀬は関わず働き始めた。掘起した土の中からは、どうかすると可憐《かれん》な穎割葉《かいわれば》が李《すもも》の種について出て来る。彼は地から直接《じか》に身体へ伝わる言い難い快感を覚えた。時には畠の土を取って、それを自分の脚《あし》の弱い皮膚に擦《こす》り着けた。
 塾の小使も高瀬には先生だった。音吉は見廻りに来て、鍬の持ち方から教えた。
 毎日のように高瀬は塾の受持の時間を済まして置いて、家へ帰ればこの畠へ出た。ある日、音吉が馬鈴薯《じゃがいも》の種を籠《かご》に入れて持って来て見ると、漸く高瀬は畠の地ならしを済ましたところだった。彼の妻――お島はまだ新婚して間もない髪を手拭で包み、紅い色の腰巻などを見せ、土掘りの手伝いには似合わない都会風な風俗《なり》で、土のついた雑草の根だの石塊《いしころ》などを運んでいた。
「奥さん、御精が出ますネ」
 と音吉は笑いながら声を掛けて、高瀬の掘起した畠を見た。サクの切り方が浅かった。音吉は高瀬から鍬を受取って、もっと深く切って見せた。
「この辺は、まるで焼
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