かった。庭にある桜の花は開いて見ると八重で、花束のように密集《かたま》ったやつが教室の窓に近く咲き乱れた。濃い花の影は休みの時間に散歩する教師等の顔にも映り、建物の白い壁にも映った。学生等は幹に隠れ、枝につかまり、まるで小鳥かなんどのようにその下を遊び廻って戯れた。
「広岡先生も随分|関《かま》わない人ですネ」
と高瀬が桜井先生と正木大尉との居る前で言うと、大尉は笑って、
「関わないんじゃなくて、関えないんでしょう……」
と言った。そういう大尉は着物から羽織まで惜げもなく筒袖にして、塾のために働こうという意気込を示していた。
この半ば家庭のような学校から、高瀬は自分の家の方へ帰って行くと、頼んで置いた鍬《くわ》が届いていた。塾で体操の教師をしている小山が届けてくれた。小山の家は町の鍛冶《かじ》屋だ。チョン髷《まげ》を結った阿爺《おとっ》さんが鍛《う》ってくれたのだ。高瀬はその鉄の目方の可成《かなり》あるガッシリとした柄のついた鍬を提げて、家の裏に借りて置いた畠の方へ行った。
不思議な風体《ふうてい》の百姓が出来上った。高瀬は頬冠《ほおかぶ》り、尻端折《しりはしょ》りで、股引《も
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