こたつ》を切ったあたりは畳も焼け焦げて、紙を貼《は》り着けてある。住み荒した跡だ。
「まあ、こんなものでしょう」
と先生は高瀬に言って、一緒に奥の方まで見て廻った。
「一寸、今、他に貸すような家も見当りません……妙なもので、これで壁でも張って、畳でも入替えて御覧なさい、どうにか住めるように成るもんですよ」
と復た先生が言った。
同じ士族屋敷風の建物でも、これはいくらか後で出来たものらしく、蚕の種紙をあきなう町の商人の所有《もちもの》に成っていた。高瀬はすこしばかりの畠の地所を附けてここを借りることにした。
小使いの音吉が来て三尺四方ばかりの炉を新規に築《つ》き上げてくれた頃、高瀬は先生の隣屋敷の方からここへ移った。
家の裏には別に細い流があって、石の間を落ちている。山の方から来る荒い冷い性質の水だ。飲料には用いられないが、砂でも流れない時は顔を洗うに好い。そこにも高瀬は生《き》のままの刺激を見つけた。この粗末ながらも新しい住居で、高瀬は婚約のあった人を迎える仕度をした。月の末に、彼は結婚した。
長く東京で年月を送って来た高瀬には、塾の周囲《まわり》だけでも眼に映るものが多
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