まれた。先生はその高い瓦屋根を高瀬に指して見せた。初めて先生が小諸へ移って来た時は、その太い格子《こうし》の嵌《はま》った窓と重い扉のある城門の楼上が先生の仮の住居《すまい》であったという話をして聞かせた――丁度、先生はお伽話《とぎばなし》でもして聞かせるように。
坂道を上ると、大手の跡へ出る。士族地の方へ行く細い流がその辺の町の間を流れて来ている。二人は広岡理学士の噂《うわさ》などをしながら歩いた。
先生は思いやるように、
「広岡さんも今、上田で数学の塾を開いてますが、余程の逆境でしょう……まあ、私共も先生に同情して、いくらかの時間を助《す》けに来て頂くことにしたんです……それに、君、吾々の塾も中学の設備をして、認可でも受けようというには、肩書のある人が居ないと一寸《ちょっと》これで都合が悪いからネ」
高瀬も笑った。
細い流について行ったところに、本町の裏手に続いた一区域がある。落葉松《からまつ》の垣で囲われた草葺《くさぶき》屋根の家が先生の高瀬を連れて行って見せたところだ。近くまで汁粉屋が借りていたとかで、古い穴のあいた襖、煤《すす》けた壁、汚れた障子などが眼につく。炬燵《
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