にすることは無いか。そのために、彼は他にもあった教師の口を断り、すこし土でも掘って見ようと思って、わざわざこの寂しい田舎へ入って来た。
「高瀬さん、一体|貴方《あなた》はお幾つなんですか――」
桜井先生の奥さんは庭づたいに隣の家の方から廻って来た高瀬に尋ねた。奥さんは縁側のところに出て、子供に鶏を見せていた。
高瀬は庭に立ちながら、「二十八です」と答えた。
「まだお若いんですねえ」
「そう言えば、奥さんはお幾つです。女の方の年齢《とし》というものは、よく分らないものですネ」
「私ですか――貴方《あなた》より二つ上――」
奥さんは聞かなくても可いことを鑿《ほ》って聞いたという顔付で、やや皮肉に笑って、復た子供と一緒に鶏の方を見た。淡黄な色の雛《ひな》は幾羽となく母鶏《おやどり》の羽翅《はがい》に隠れた。
先生が庭を廻って来た。町の方に見つけた借家へ案内しよう、という先生に随いて、高瀬はやがてこの屋敷を出た。
城門前の石碑のあるあたりから、鉄道の線路を越え、二人は砂まじりの窪《くぼ》い道を歩いて行った。並んだ石垣と桑畠との見える小高い耕地の上の方には大手門の残ったのが裏側から望
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