る中から、思い思いに見立てて来た涼しそうな中形《ちゅうがた》を、叔父に褒《ほ》めて貰う積りであった。
「何だって、こんな華美《はで》なものを買って来るんだね」
と叔父は気に入らなかった。
「豊世姉さんだって随分華美なものを着るわねえ」
こうお俊が従姉妹《いとこ》に言った。三吉はそれを聞いて、何故《なぜ》小泉の家が今日のように貧乏に成ったろうとか、何故娘達がそれを思わないだろうとか、何故旧い足袋《たび》を穿《は》いていても流行《はやり》を競うような量見に成るだろうとか、種々なヤカマしいことを言出した。
「でも、こういうもので無ければ、私に似合わないんですもの」
とお俊は萎《しお》れた。
やがて三吉は機嫌《きげん》を直して、お俊の父が金策の為に訪ねて来たことを話し聞かせた。その時お俊は自分の家の方の噂《うわさ》をした。丁度彼女が帰って行った日は、公売処分の当日であったこと、ある知人《しりびと》に頼んで必要な家具は買戻して貰ったこと――執達吏――高利貸――古道具屋――その他生活のみじめさを思わせるような言葉がこの娘の口から出た。
三吉は家の内をあちこちと歩いた。最後の波に洗われて行く小泉の家が彼の眼に浮んだ。破産又た破産。幾度も同じ事を繰返して、その度《たび》に実の集めた道具は言うに及ばず、母が丹精《たんせい》して田舎《いなか》で織った形見の衣類まで、次第に人手に渡って了《しま》った。実の家では、長い差押《さしおさえ》の仕末をつけた上で、もっと屋賃の廉《やす》いところへ引移る都合である。
話が両親のことに移ると、お俊は眼の縁を紅《あか》くした。彼女は涙なしに語れなかった。
「――母親《おっか》さんには、どうしても詫びることが出来ない。『母親さん、御免なさいよ』と口にはあっても……首は下げても……どうしても言葉には出て来ない」
こんなことまで叔父に打開けて、済まないとは思いつつ、耳を塞《ふさ》いで、試験の仕度《したく》したことなどをも語った。話せば話すほど、お俊は涙が流れて来た。そして、娘らしい、涙に濡《ぬ》れた眼で、数奇《すうき》な運命を訴えるように、叔父の顔を見た。
その晩、遅くなって、お俊は独《ひと》りで屋外《そと》へ出て行った。
「叔父さん、お俊姉さまは?」お延が聞いた。
「葉書でも出しに行ったんだろう」
と三吉が答えていると、お俊はブラリと戻っ
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