ランプ》の光は、お鶴が白い単衣《ひとえ》だの、お俊が薄紅い帯だのに映った。
「鶴ちゃん、叔父さんに遊戯をしてお見せなさいよ」とお俊がすすめた。
「何にしましょう……」とお鶴は考えて、「もしもし亀よにしましょうか」
「浦島が好いわ」
旧《ふる》い小泉の家――その頽廃《たいはい》と零落との中から、若草のように成長した娘達は、叔父に聞かせようとして一緒に唱歌を歌い出した。お鶴は編み下げた髪のリボンを直して、短い着物の皺《しわ》を延しながら起立《たちあが》った。姉や従姉妹《いとこ》が歌う種々な唱歌につれて、この娘は部屋の内を踊って遊んだ。
三吉は縁側の方から眺《なが》めながら、
「ウマい、ウマい――何か、御褒美《ごほうび》を出さんけりゃ成るまい」
「鶴ちゃん、もう沢山よ」
と姉に言われても、妹は遊戯に夢中に成った。一つや二つでは聞入れなかった。
一晩泊ってお鶴は帰って行った。翌日から勝手の方では、若々しい笑声が絶えなかった。四五日降ったり晴れたりした後で、烈《はげ》しい朝日が射して来た。暑く成らないうちに、と思って、お俊は井戸端へ盥《たらい》を持出した。お延も手桶《ておけ》を提《さ》げて、竹の垣を廻った。長い袖《そで》をまくって、洗濯物を始めたお俊の側には、お延が立って井戸の水を汲《く》んだ。
「ああ、今日は朝から身体《からだ》が菎蒻《こんにゃく》のように成っちゃった。牛蒡《ごぼう》のようにピンとして歩けん――」
こんなことをお延が言って、年長《としうえ》の従姉妹を笑わせた。お俊は釣瓶《つるべ》の水を分けて貰って復《ま》たジャブジャブ洗った。
庭には物を乾《ほ》す余地が可成《かなり》広くあった。やがてお俊は洗濯した着物を長い竿《さお》に通して、それを高く揚げた。
「うれしい!」
思わず彼女は叫んだ。お延は立って眺めていた。
「学校の先生が、夏休の間に考えていらッしゃいという問題を、ひょいと思出してよ」
こうお俊が話し聞かせて、お延と一緒に勝手口から上った。二人は意味もなく起って来る微笑《えみ》を交換《とりかわ》した。互に、濡《ぬ》れた、あらわな手を拭《ふ》いた。
空は青い海のように光った。イヤというほど照りつけて来た日光は、白い干物に反射して、家の内に満ち溢《あふ》れた。午後から、娘達は思い思いの場所を選んで足を投出したり、柱に倚凭《よりかか》ったりし
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