た。三吉は、南の窓に近く、ハンモックを釣った。そこへ蒸されるような体躯《からだ》を載せた。熱い地の息と、冷《すず》しい風とが妙に混り合って、窓を通して入って来る。単調な蝉《せみ》の歌は何時の間にか彼の耳を疲れさせた。
 憂鬱《ゆううつ》な眼付をして、三吉が昼寝から覚《さ》めた時は、虻《あぶ》にでも刺されたらしい疼痛《いたみ》を覚えた。お俊は髪に塗る油を持って来て、それを叔父に勧めた。
「延ちゃん――まあ、来て御覧なさいよ」とお俊が笑いながら呼んだ。「三吉叔父さんはこんなに白髪《しらが》が生《は》えてよ」
 お延は勝手の方から手を振ってやって来た。
「オイ、オイ」と三吉は自分の子供にでも戯《たわむ》れるように言った。「そうお前達のように馬鹿にしちゃ困るぜ……これでも叔父さんは金鵄《きんし》勲章の積りだ」
「あんな負惜みを言って」とお延は訳も無しに笑った。
「ねえ、延ちゃん、有れば仕方が無いわ」と言って、お俊は叔父の傍へ寄って、「叔父さん、ジッとしていらッしゃい――抜いて進《あ》げましょうネ。前の方はそんなでも無いけれど、鬢《びん》のところなぞは、一ぱい……こりゃ大変だ……容易に取尽せやしないわ」
 お俊は叔父の髪に触れて、一本々々|択《え》り分けた。凋落《ちょうらく》を思わせるような、白い、光ったやつが、どうかすると黒い毛と一緒に成って抜けて来た。


「叔父さん、どうしてこんなに髪がこわれるんでしょう」
 勝手の方から来たお俊は、叔父の傍へ寄って、親しげな調子で言った。この姪は三吉を頼りにするという風で、子が親に言うようなことまで話して聞かせようとした。
「どうして夏はこんなに――」
 と復たお俊は言って、うしろむきに身を斜にして見せた。彼女は、乾きくずれた束髪の根を掴《つか》んで、それを叔父に動かして見せたりなぞした。
 庭の洗濯物も乾いた。二人の姪は屋外《そと》に出て着物や襦袢《じゅばん》を取込みながら、互に唱歌を歌った。この半分夢中で合唱しているような、何となく生気のある、浮々とした声は、叔父の心を誘った。三吉は縁側のところに立って、乾いた着物を畳んでいる娘達の無心な動作を眺めた。そして、お雪や正太《しょうた》の細君なぞに比べると、もっとずっと嫩《わか》い芽が、最早《もう》彼の周囲《まわり》に頭を持ち上げて来たことを、めずらしく思った。
 蘇生《いきかえ》るよ
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