御休だもんですから」
「へえ、鶴ちゃんの方は未だ有るのかい」と三吉が聞いた。
「この娘《こ》の学校は御休が短いんです……あの、吾家《うち》の阿父《おとっ》さんからも叔父さんに宜しく……」
「お俊姉さまが来て下すったんで、真実《ほんと》に私は嬉しい」とお延はそれを繰返し言った。
長い長い留守居の後で、お俊姉妹は漸《ようや》く父の実と一緒に成れたのである。この二人の娘は叔父達の力と、母お倉《くら》の遣繰《やりくり》とで、僅《わず》かに保護されて来たようなものであった。三吉がはじめて家を持つ時分は、まだお俊は小学校を卒業したばかりの年頃であった。それがこうして手伝いなぞに来るように成った。お俊は幾年振かで叔父の側に一夏を送りに来た。
「鶴ちゃん、お裏の方へ行って見ていらっしゃい」とお俊が言った。
「鶴ちゃんも大きく成ったネ」
「あんなに着物が短く成っちゃって――もうズンズン成長《しとな》るんですもの」
お鶴はキマリ悪そうにして、笑いながら庭の方へ下りて行った。
「俊、お前のとこの阿父《おとっ》さんは何してるかい」
「まだ何事《なんに》もしていません……でも、朝なぞは、それは早いんですよ。今まで家のものにサンザン苦労させたから、今度は乃公《おれ》が勤めるんだなんて、阿父さんが暗いうちから起きてお釜《かま》の下を焚付《たきつ》けて下さるんです……習慣に成っちゃって、どうしても寝ていられないんですッて……阿母《おっか》さんが起出す時分には、御味噌汁《おみおつけ》までちゃんと出来てます……」
「それを思うと気の毒でもあるナ」
「阿母さん一人の時分には、家の内だってそう関《かま》わなかったんですけれど、阿父さんが帰っていらしッたら、何時の間にか綺麗《きれい》に片付いちまいました――妙なものねえ」
庭の方で笑い叫ぶ声がした。お鶴は滑《すべ》って転《ころ》んだ。お延は駈出《かけだ》して行った。お俊も笑いながら、妹の着物に附いた泥を落してやりに行った。
その晩、三吉の家では、めずらしく賑《にぎや》かな唱歌が起った。娘達は楽しい夏の夜を送る為に集った。暗い庭の方へ向いた部屋には、叔父が冷《すず》しい夜風の吹入るところを選んで、独《ひと》り横に成っていた。叔父は別に燈火《あかり》も要《い》らないと言うので、三人の姪《めい》の居るところだけ明るい。一つにして隅《すみ》の方に置いた洋燈《
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