お目に懸りました――森彦叔父さんと御一緒に伺って」
「これはお前より叔母さんの方に先に逢ってますよ」とお種は嫁の方を弟に指して見せた。
豊世はこの始めて逢った「叔父さん」という人にジロジロ見られるような気がして、姑の傍に小さく成っていた。
夏の日が暮れて、燈火《あかり》は三人の顔に映った。三吉は姉の容子《ようす》を眺めながら、こう切出した。
「達雄さんも、名古屋の方だそうですネ……」
「そうだそうな」
と答えるお種の顔には憂愁《うれい》の色が有った。それを彼女は苦笑《にがわらい》で紛《まぎら》わそうともしていた。
「何処《どこ》も彼処《かしこ》も後家さんばかりに成っちゃった」
「三吉――俺は未だ後家の積りじゃ無いぞい」と姉は口を尖《とが》らした。
「積りでなくたって、実際そうじゃ有りませんか」と弟は戯れるように。
「馬鹿こけ――」
お種は両手を膝《ひざ》の上に置いて、弟の方を睨《にら》む真似《まね》した。三吉も嘆息して、
「姉さん、旦那のことは最早思い切るが宜《よ》う御座んすよ。だって、あんまりヤリカタが洒落《しゃれ》過ぎてるじゃ有りませんか。私も森彦さんから聞きましたがネ、そんな人に尽したところで、無駄です――後家さんが可い、後家さんが可い」
「これ、お前さんのように……そう、後家、後家と言って貰うまいぞや」
「馬鹿々々しい……亭主に好さそうな人が有ったら、私がまた姉さんに世話して進《あ》げる」
不幸な姉を憐《あわれ》む心から、三吉はこんな串談《じょうだん》を言出した。お種はもうブルブル身《からだ》を震わせた。
「三吉、見よや、豊世が呆《あき》れたような顔をしてることを――お前さんがそんな悪《にく》い口を利《き》くもんだからサ――国に居る頃から、お前さん、お仙なぞが三吉叔父さん、三吉叔父さんと言って、よく噂《うわさ》をするもんだから、どんなにか好い叔父さんだろうと思って豊世も逢いに来たところだ……」と言って、お種は嫁の方を見て、「ナア、豊世――こんな叔父さんなら要《い》らんわい」
豊世は笑わずにいられなかった。
「しかし、串談はとにかく」と三吉は姉の方を見て、「後家さんというものはそんなにイケナイものでしょうか」
「後家に成って、何の好い事があらず」
と姉は力を入れた。
「そりゃ、若くて後家さんに成るほど困ることは無いかも知れません。しかし、年をとってからの後家さんはどうです。重荷を卸して、安心して世を送られるようなものじゃ有りますまいかネ……人にもよるかも知れませんが、こう私は、姉さん位の年頃に成って、子のことを考えて行かれる後家さんが一番好かろうと思うんですが……」
「まあ、女に成ってみよや」
と言って、姉は取合わなかった。
その晩、お種は弟の宿に泊めて貰って、久し振で一緒に話す積りであった。やがて町の響も沈まって聞える頃、お種は嫁に向って、
「豊世、お前はもう帰らッせ」
「今夜は私も母親さんの側に泊めて頂きとう御座んすわ」と豊世が言った。「何だか御話が面白そうですから……」
姑の許を得て、豊世は自分の宿まで一旦断りに行って、それから復た引返して来た。三人同じ蚊帳の内に横に成ってからも、姉弟は話し続けた。お種は枕許《まくらもと》へ煙草盆を引寄せて、一服やったが、自分で抑《おさ》えることの出来ないほど興奮して来た。伊東に居た頃、よく彼女の瞑《つぶ》った眼には一つの点が顕《あら》われて、それがグルグル廻るうちに、次第に早くなったり、大きく成ったりして見えた。お種は寝ながらそれを手真似でやって見せた。終《しまい》には自分の身《からだ》までその中へ巻込まれて行くような、可恐《おそろ》しい焦々《いらいら》した震え声と力とを出して形容した。
「ア――姉さんは未だ真実《ほんと》に癒《なお》っていないんだナ」
と三吉は腹《おなか》の中で思った。それを側で聞くと、豊世も眠られなかった。
再会を約して置て、翌朝《よくあさ》お種は三吉に別れた。豊世も姑と一緒にこの旅舎を出た。
「――三吉の家まで行って置けば、正太の許《ところ》から迎をよこしてくれるたって、造作なからず」
「ええ、三吉叔父さんの御宅までいらっしゃれば、もう郷里《くに》へ帰ったも同じようなものですわ」
こんな言葉を換《かわ》しながら、姑と嫁とは宿の方へ帰って行った。
例の二階で、復た復たお種が旅仕度を始める頃は、やがて八月の末であった。森彦の旅舎だの、直樹の家だの、方々へ暇乞《いとまご》いにも出掛けなければ成らぬ、と思うと、心はあわただしかった。
ジメジメと蒸暑い午後、一番後廻しにした実の留守宅に暇乞に寄る積りで、お種は宿を出た。橋本へ嫁いてから以来《このかた》――指を折って数える程しか彼女は自分の生家《さと》へも帰っていない。その中で、小泉
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