ん。あの木《き》は、先《さき》の方《はう》の少《すこ》し尖《とが》つて角《つの》の出《で》たやうな、見《み》たばかりでもおいしさうに熟《じゆく》したやつを毎年《まいねん》どつさり父《とう》さんに御馳走《ごちそう》して呉《く》れましたつけ。

   三八 鰍《かじか》すくひ

父《とう》さんの兄弟《きやうだい》の中《なか》に三つ年《とし》の上《うへ》な友伯父《ともをぢ》さんといふ人《ひと》がありました。この友伯父《ともをぢ》さんに、隣家《となり》の大黒屋《だいこくや》の鐵《てつ》さん――この人達《ひとたち》について、父《とう》さんもよく鰍《かじか》すくひと出掛《でか》けました。
胡桃《くるみ》、澤胡桃《さはくるみ》などゝいふ木《き》は、山毛欅《ぶな》の木《き》なぞと同《おな》じやうに、深《ふか》い林《はやし》の中《なか》には生《は》えないで、村里《むらさと》に寄《よ》つた方《はう》に生《は》えて居《ゐ》る木《き》です。漆《うるし》の葉《は》を大《おほ》きくしたやうなあの胡桃《くるみ》の葉《は》の茂《しげ》つたところは、鰍《かじか》の在所《ありか》を知《し》らせるやうなものでした。何故《な
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