う。

   三二 翫具《おもちや》は野《の》にも畠《はたけ》にも

父《とう》さんの幼少《ちひさ》い時《とき》のやうに山《やま》の中《なか》に育《そだ》つた子供《こども》は、めつたに翫具《おもちや》を買《か》ふことが出來《でき》ません。假令《たとへ》、欲《ほ》しいと思《おも》ひましても、それを賣《う》る店《みせ》が村《むら》にはありませんでした。
翫具《おもちや》が欲《ほ》しくなりますと、父《とう》さんは裏《うら》の竹籔《たけやぶ》の竹《たけ》や、麥畠《むぎばたけ》に乾《ほ》してある麥藁《むぎわら》や、それから爺《ぢい》やが野菜《やさい》の畠《はたけ》の方《はう》から持《も》つて來《く》る茄子《なす》だの南瓜《たうなす》だのゝ中《なか》へよく探《さが》しに行《ゆ》きました。
爺《ぢい》やが畠《はたけ》から持《も》つて來《く》る茄子《なす》は、父《とう》さんに蔕《へた》を呉《く》れました。その茄子《なす》の蔕《へた》を兩足《りやうあし》の親指《おやゆび》の間《あひだ》にはさみまして、爪先《つまさき》を立《た》てゝ歩《ある》きますと、丁度《ちやうど》小《ちひ》さな沓《くつ》をはいたやうで
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