ころ》でした。いかにそゝツかしい山家《やまが》の鼠《ねずみ》でも、そこに寢《ね》て居《ゐ》る女《をんな》の人《ひと》の鼻《はな》を間違《まちが》へて、お芋《いも》かなんかのやうに食《た》べようとしたなんて、そんなことはめつたに聞《き》かない惡戯《いたづら》ですから。
學校《がくかう》の生徒《せいと》に逢《あ》つた鼠《ねずみ》は賢《かしこ》い鼠《ねずみ》でした。他所《よそ》の鼠《ねずみ》の惡戯《いたづら》から、自分《じぶん》までその仕返《しかへ》しをされては堪《たま》らないと思《おも》ひましたから、先《ま》づ自分《じぶん》の鼻《はな》を大事《だいじ》[#ルビの「だいじ」は底本では「なだいじ」]さうにおさへて居《ゐ》まして、それから斯《か》う挨拶《あいさつ》しました。
『生徒《せいと》さん、今日《こんにち》は。』

   三○ 黒《くろ》い蝶蝶《てふてふ》

ある日《ひ》のことでした。父《とう》さんはお家《うち》の裏木戸《うらきど》の外《そと》をさん/″\遊《あそ》び廻《まは》りまして、木戸《きど》のところまで歸《かへ》つて來《き》ますと、高《たか》い枳殼《からたち》の木《き》の上《うへ》
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