中《なか》には『奉納《ほうなふ》』といふ文字《もじ》と、それを進《あ》げた人《ひと》の生《うま》れた年《とし》なぞが書《か》いてあるのに氣《き》がつきましたか。父《とう》さんのお家《うち》の裏《うら》に祀《まつ》つてあるお稻荷《いなり》さまの社《やしろ》にも、あの繪馬《ゑま》がいくつも掛《かゝ》つて居《ゐ》ました。それから、白《しろ》い狐《きつね》の姿《すがた》をあらはした置物《おきもの》も置《お》いてありました。その白狐《しろぎつね》はあたりまへの狐《きつね》でなくて、寶珠《はうじゆ》の玉《たま》を口《くち》にくはへて居《ゐ》ました。
『お前《まへ》さんがお稻荷《いなり》さまですか。』
と父《とう》さんがその狐《きつね》にきいて見《み》ました。さうしましたら白狐《しろぎつね》の答《こた》へるには、
『どうしまして。私《わたし》はお稻荷《いなり》さまの使《つか》ひですよ。この社《やしろ》の番人《ばんにん》ですよ。私《わたし》もこれで若《わか》い時分《じぶん》には隨分《ずゐぶん》いたずらな狐《きつね》でして、諸方《はう/″\》の畠《はたけ》を荒《あら》しました。一|體《たい》、私《わたし
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