歩《ある》いて旅《たび》をした以前《いぜん》の木曾街道《きそかいだう》の時分《じぶん》には、父《とう》さんの生《うま》れた神坂村《みさかむら》も驛《えき》の名《な》を馬籠《まごめ》と言《い》ひました。汽車《きしや》や電車《でんしや》の着《つ》くところが今日《こんにち》のステエシヨンなら、馬《うま》や籠《かご》の着《つ》いた父《とう》さんの村《むら》は昔《むかし》の木曾街道《きそかいだう》時分《じぶん》のステエシヨンのあつたところです。ほら、何々《なに/\》の驛《えき》といふことをよく言《い》ふでは有《あ》りませんか。木曾《きそ》の山《やま》の中《なか》にあつた小《ちひ》さな馬籠驛《まごめえき》でも、言葉《ことば》の意味《いみ》に變《かは》りは無《な》いのです。丁度《ちやうど》、お隣《とな》りで美濃《みの》の國《くに》の方《はう》から木曽路《きそぢ》へ入《はひ》らうとする旅人《たびびと》のためには、一番《いちばん》最初《さいしよ》の入口《いりぐち》のステエシヨンにあたつて居《ゐ》たのが馬籠驛《まごめえき》です。
御嶽參《おんたけまゐ》りが西《にし》の方《はう》から斯《こ》の木曾《きそ》の
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